https://amzn.to/3xlmPFr
しんじてました。(https://amzn.to/3MiMdQq)の続編。
その後の葛藤よりも、あとがきの「自分が教祖になってはいけない」という自戒が重い。
怖さを知っていてもハマる人はいる。
善意のつもりで、教祖に突き進む人もいる。
そのことで、周囲にいた人を失う人もたくさんいる。
自分がどっぷり依存しなくて済むようになったのは、大量の無駄な知識と、半野良を許してくれている相方のお陰なので。
キャパが広がらないと、手に入らないものなんだよな。
そういう意味で、エンタメと勉強から遠ざけるのは正解といえば正解なのだけれど。
破綻もそこからやってくる。
長い呪縛から自分たちを少しずつ開放させていく過程がよかった。
子どもの命って、偉大だね…。
2022年06月05日
カルト宗教やめました。
posted by まきむら at 13:31| メモ
カルト宗教信じてました
https://amzn.to/3mdxMT9
いつだったか読んだ佐藤優さんの本で、そろそろ宗教の時代が来るのでは、みたいなことを見かけたのだけれど。
セミナー商法もサロン商法も、新興宗教と変わらん人の取り込み方をするので、読んでおいて損はないと思う。
二世だから気づけた、二世だから抜けられたという事例は、自分の身近にも実例があるし、政党活動も自分にとっては宗教と変わらんと思うているので、一つのものに依存する怖さ、視野が狭くなってゆく怖さも感じ取れればいいと思う。
ぼくはかつて「アンタが宗教を嫌いなのは、あんた自身が宗教みたいたもんだからだよ」と言われたことがあって。
偏りが大きくて、自分の考えに固執して依存する点についてはそのとおりだと思うと同時に、誰だったかの「人間には、宗教ではなく信仰が必要だ」という言葉も噛みしめることになった。
信仰と他者の依存を同一視させて中心メンバーの利益に化けさせる宗教は、人間が作り出したものでしかないから。
ぼくは有神論者、無宗教という立場が、一番フラットなんじゃないかなあとずっと考えている。
この世の理屈で解き明かせないものすべてを神という名で生き物と切り分けたのは間違ってはいなかったと思うているけれど、それを人間の都合のよい生き返らせ玉のようなものと考えるようになったことこそ、人間の愚かさの象徴なんじゃないかなあと、改めて考えたりしたのです。
いつだったか読んだ佐藤優さんの本で、そろそろ宗教の時代が来るのでは、みたいなことを見かけたのだけれど。
セミナー商法もサロン商法も、新興宗教と変わらん人の取り込み方をするので、読んでおいて損はないと思う。
二世だから気づけた、二世だから抜けられたという事例は、自分の身近にも実例があるし、政党活動も自分にとっては宗教と変わらんと思うているので、一つのものに依存する怖さ、視野が狭くなってゆく怖さも感じ取れればいいと思う。
ぼくはかつて「アンタが宗教を嫌いなのは、あんた自身が宗教みたいたもんだからだよ」と言われたことがあって。
偏りが大きくて、自分の考えに固執して依存する点についてはそのとおりだと思うと同時に、誰だったかの「人間には、宗教ではなく信仰が必要だ」という言葉も噛みしめることになった。
信仰と他者の依存を同一視させて中心メンバーの利益に化けさせる宗教は、人間が作り出したものでしかないから。
ぼくは有神論者、無宗教という立場が、一番フラットなんじゃないかなあとずっと考えている。
この世の理屈で解き明かせないものすべてを神という名で生き物と切り分けたのは間違ってはいなかったと思うているけれど、それを人間の都合のよい生き返らせ玉のようなものと考えるようになったことこそ、人間の愚かさの象徴なんじゃないかなあと、改めて考えたりしたのです。
posted by まきむら at 13:20| メモ
2022年05月27日
ブルーピリオド 12
https://amzn.to/3sVKUQo
何度読んでも八虎はアーティストよりデザイナーが向いてると思うんだけど。
エディトリアルデザイナーとかにならないんだろうか。
絵を描くことを媒介に「自分自身」を描き出すというテーマだと思うているから、アーティストという自我の発露に命を削る人たちとの関係性が少しずつでも八虎に色を加えているんだろうなとも感じるのよな。
表現すべきもののない人が、表現のできる自己を確立していく話なのだから、知識の総括で人の理想に応えるだけの小さな枠に収まるよーな話にはならんのだろうなあ。
筋肉がすべてを解決する教授の2週500枚課題、描ける人たちは描いてきているという当然のことに気づいてもなお、それをウォーミングアップと言い切れる精神に慄く。
何度読んでも八虎はアーティストよりデザイナーが向いてると思うんだけど。
エディトリアルデザイナーとかにならないんだろうか。
絵を描くことを媒介に「自分自身」を描き出すというテーマだと思うているから、アーティストという自我の発露に命を削る人たちとの関係性が少しずつでも八虎に色を加えているんだろうなとも感じるのよな。
表現すべきもののない人が、表現のできる自己を確立していく話なのだから、知識の総括で人の理想に応えるだけの小さな枠に収まるよーな話にはならんのだろうなあ。
筋肉がすべてを解決する教授の2週500枚課題、描ける人たちは描いてきているという当然のことに気づいてもなお、それをウォーミングアップと言い切れる精神に慄く。
posted by まきむら at 09:41| メモ
2022年04月29日
おやすみ前にひとつだけ
https://amzn.to/3KqWoS0
ついったで御本人の作品紹介を
拝見して購入。
古本の高騰が許せんので
あえてKindle。
見つけ次第、書店買いしたい。
主人公の置かれている状況は
だいたい全員過酷なんだけども
未来に希望が持てる終わり方をする
作品ばかり。
とてもやさしい。
最終兵器おばあちゃん
ほんとうに最終兵器。
これから行商人に育つらしい
娘氏が大好きです。
ついったで御本人の作品紹介を
拝見して購入。
古本の高騰が許せんので
あえてKindle。
見つけ次第、書店買いしたい。
主人公の置かれている状況は
だいたい全員過酷なんだけども
未来に希望が持てる終わり方をする
作品ばかり。
とてもやさしい。
最終兵器おばあちゃん
ほんとうに最終兵器。
これから行商人に育つらしい
娘氏が大好きです。
posted by まきむら at 19:11| メモ
ムーミン谷の彗星
そういえば知ってる気にはなってるだけでまったく読んだことないな、と突然思い立ったので買って読んだ。
日本の人間の感覚だけで読んでるとすごい不条理劇場なんじゃないかとたまに思うんだけど、好き。
たぶんムーミン好きな人、そういうの好きなんじゃないか。
どんな不条理も冒険にできちゃうパパと、冒険になったら守るべきものは自分が護ると思うてるパパと、どんな状況でも子どもやみんなの心地よさが大切なママは健在で。
初登場なのに周囲との距離をつかむ気が微塵もないスナフキンは、子どもの目とは別の意味で好きだった。
結局、わからないことはわからないままで、わかっていたのは彗星がムーミン谷を包み込んで去っていった事実だけで。
日常ものってのはこうでねえとということを、再確認した作品にもなった。
日常ものってのはこうでねえとということを、再確認した作品にもなった。
posted by まきむら at 10:33| メモ